視えないものをみる

Don Juan についての考察もどき

二者から三者へ

仏語がわからないから、検証はできないのだけれども、日本版に引き直した大きな違いは以下の二つだと思っている(今のところ)

・二者の関係→三者の関係に

仏版ではドンジュアンVSラファエル、すなわち悪魔と天使の戦いだったものが、間に影たる亡霊が挿入されて三者の争いになっている。

ドン・ルイに食って掛かるエルヴィラ、そこにいて「様子見よう」と言う(役に立たなさそうな)ドン・カルロ

イザベラがカルロに尋ねる、誰のための怒り?彼女のため?あなたのため?それとも彼のため? という3つの選択肢。

何かVS何か だったら、いずれどちらかが勝ちどちらかが敗者となりそうだけれども、そこにもう一つ加えることで三つ巴。なんだか緩和されている。

・父系から母系へ

ドンジュアンという作品の背景にあるキリスト教は父系の思想。父と子、であるから。
しかしそこに「母」の概念を入れて、父と母のバランスを取っているような気がする。
また、ここに「母」の要素が入ることで、父VS息子の緊張感が若干和らぎ、前項と同じく三つ巴の構図になっている気さえする。